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本書は、「人は苦しみを避けようとする一方で、なぜ登山やホラー映画、激しいスポーツのように、あえて苦しみを伴う経験を求めるのか」という一見矛盾した問いを、心理学や進化論の観点から考察した一冊である。
率直に言えば、本書の結論そのものに大きな驚きはなかった。というのも、「適度な苦しみは人生を豊かにする一方で、過度な苦しみには価値がない」という考え方は、私自身が以前から抱いていた直観とおおむね一致していたからである。そのため、本書は新しい結論を提示するというよりも、その直観を心理学や進化論の知見によって裏付けることに役立った。
本書の著者の主張は、大きく三点に整理できる。
第一に、自ら望んで引き受ける一定の苦しみは、人によっては喜びや充実感の源泉となり得ること。第二に、充実した人生には快楽だけでなく、意味ある目的や目標が不可欠であること。第三に、そのような価値ある目標に挑戦する以上、苦しみは避けられないということである。
もっとも、著者は苦しみを過度に美化しているわけではない。人は困難な経験を通じて成長したり、他者への共感を深めたりすることがある一方で、耐え難い苦しみは心身を傷つけ、人生を損なう場合もある。したがって、苦しみは多ければ多いほど価値があるわけではなく、その程度やタイミングが重要であることも強調されている。
本書の中で興味深かったのは、第三章で論じられる「なぜ人はホラーや悲劇を楽しめるのか」という問題である。
著者は、①苦しみを乗り越える過程そのものに快を感じること、②恐ろしい状況を想像することが現実の危険への備えとなること、③善そのもの悪そのものに人は魅力を感じること、という三つの説明を提示している。
もっとも、この点については哲学的な観点からさらに掘り下げる余地があるように感じた。フィクションの美学でこのあたりはどのように議論されているか興味がある。
本書は心理学や進化論を用いて「なぜ人は苦しみを求めるのか」を説明しているが、本格的な「苦しみには本当に価値があるのか」「価値があるとすれば、それはどのような価値なのか」という規範的、価値論的な問いには踏み込んでいない。身体的な強さや他者への優しさが向上する、人生の意味へ貢献する価値があるぐらいの説明であったので、ここから先は哲学がやるべき課題であろう。
また、私自身は欲求の実現のために苦しみを求める人ではあるが、全く苦しみを求めない、経験機械に自ら入っていくような人々の人生もそれはそれで悪くないのではという直感もある。ここら辺も今後考えていきたい。
まだ読んではいないが、苦しみの価値について書かれている以下の本も読んでみたい。

